「江川蘭子」(江戸川乱歩・横溝正史・他)

豪華絢爛!昭和初期の大物探偵作家・夢の共演

「江川蘭子」
(江戸川乱歩・横溝正史・甲賀三郎・
 大下宇陀児・夢野久作・森下雨村)
(「合作探偵小説コレクション①」)
 春陽堂書店

「合作探偵小説コレクション①」

「江川蘭子(第一回)」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第7巻」)光文社文庫

「江戸川乱歩全集第7巻」光文社文庫

花の様な真赤な色が
彼女の目を刺戟し、
ヌルヌルした液体が
彼女の触感をくすぐった。
母親の白い肉体から、
乳とは違った、
真赤な見事な泉が
滾々として湧き出していたのだ。
それが何を意味するか、
無論彼女には分からなかった…。

以前、合作探偵小説として
「空中紳士」なる作品を取り上げました。
こちらは連作(リレー小説)です。
当時の探偵小説作家6名による、
夢の共演といったところでしょうか。
ただしこちらは合作以上に
味わい方の難しい作品(形態)です。

一言でいえば、
あまりにもつながりが悪すぎて、
一つの作品として読むには
無理があるということです。
酒を酌み交わしながら書いた
合作とは異なり、
リレーの後ろの作者は、
おそらく丸投げされた設定を
何とかやりくりしていったという感じが
強いからです。
それでもそれぞれの章が、
しっかりとその作家の持ち味を
示しているのが読みどころでしょうか。

【主要登場人物】
江川蘭子
…幼児期からの特殊体験により、
 殺人に対して興奮を覚える
 異常人格を持つ。
 性的にも自由奔放。
江川作平・駒
…両親を殺害された蘭子を不憫に思い、
 養女として育てた夫婦。
戸山定助
…蘭子を弄び、
 蘭子に弄ばれる謎の老人。
 悪の組織の首領という裏の顔を持つ。
アダムス四郎
…ハーフの青年。蘭子と情交を重ねる。
城山省吾
…謎の青年。何かを嗅ぎ回っている。
城山伝右衛門
…省吾の父親。
 何者かから脅迫を受けている。
城山妙子
…伝右衛門の娘。省吾の妹。
 誘拐される。
亀田警部補・堀川刑事
…所轄暑警察官。
小坂博士
…帝大教授。犯罪学が専門。
 蘭子を一目見て「犯罪型」と見抜く。
王清児
…アジアを股にかける秘密結社の首領。

今日のオススメ!

第一回は江戸川乱歩による「発端」。
まさにそのとおりで、
この章は「発端」に過ぎません。
主人公・江川蘭子の生い立ちに頁を割き、
今後の犯罪遍歴の前触れを
書いただけに過ぎません。
ところが、この章自体で、
あたかも一つの作品として
完成しているところが
乱歩らしいところです。
粗筋代わりの冒頭の一節は、
乳飲み子の段階で両親を殺害され、
その血だまりの中で
はしゃいでいる蘭子の描写です。
乱歩らしい猟奇性が
繰り広げられているのです。
江川蘭子なる女性が、
成長するにつれて希代の殺人鬼と化す
予感がひしひしと伝わってきます。

第二回は横溝正史による「絞首台」。
ここで初めて事件が起きます。
しかし、前置きの長い横溝、
第二回で犯罪が現れるのは
ようやく終末部分です。
何かを暗示する「あざみの花」の提示、
城山一家の登場と
そこで交わされる不思議な会話、
謎の人物の登場、
そして蘭子の愛人の老人が覗かせる
裏の顔(実は悪党団の首領!)、
そして「絞首台」という
おどろおどろしい殺人方法、いかにも
「横溝の設定」という感じがします。

第三回は甲賀三郎「波に踊る魔女」。
甲賀三郎の作品は
数編しか読んでいないのですが、
本格的探偵小説の作風です。
乱歩が種をまき、
横溝が水をまいた「変格もの」は
いささか不得手だったはずですが、
しっかりと繋いでいます。
「あざみの花」の秘密が膨らむとともに、
「黄死病」という謎の病原体も登場させ、
さらには犯罪学の教授も出馬、
筋書きに
さらに彩りが添えられています。

第4回は大下宇陀児。
ここから伏線の回収が始まります。
今ひとつ存在理由の不明だった
城山一家の秘密が語られ、
蘭子との関係を明らかにしています。
警察の介入と、それを煙に巻く
悪党集団との駆け引きも秀逸です。

第5回は夢野久作「悪魔以上」。
伏線回収を進めながら、
自分の色を前面に押し出すあたりは
さすが夢野久作です。
この章で、
ここまでの伏線の多くは回収され、
筋書きに意味が与えられました。
あざみの花の謎や黄死病など、
いったいどうなることやらと
感じていたのですが、
上手に説明をつけてしまいました。

そして最終第6回は
森下雨村「天翔ける魔女」。
裏切り者二人を
自動車内で決闘させるなど、
猟奇的な色合いの濃い、
冒頭の乱歩の色を受けた形で
決着をつけました。

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読み終えて振り返ると、
解決されずじまいの問題は
いくつかあります。
蘭子の両親を殺害した城山一家と
蘭子自身が、
何も接触せずに終わったこと、
一番の悪の首領であるはずの男が
あっけなく落命したこと、
そして何よりも、終わってみれば、
蘭子は「殺人鬼」というよりは
「殺人に動じない女」にしか
なっていないという点において、
いささか
消化不良を感じざるを得ません。

しかし、筋書き上の完成度を
求めるべきではないのでしょう。
リレー連載は、
「次はあの作家が、
どんなふうに繋ぐのだろう」という
期待感を味わうべきものなのです。
現代に生きる私たちは、
それをリアルタイムで
体感することはできないのですが、
こうして一冊の本としてまとまったのは
幸せです。
存分に楽しんでいきましょう。

〔合作作品「空中紳士」〕

(2023.2.10)

Merlin LightpaintingによるPixabayからの画像
RAMPO WORLD
おどろおどろしい世界への入り口

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